痴呆とは記憶、思考、判断に関する精神機能が、徐々に失われていき、学習能力が損なわれる状態を指します。
米国には現在、推定約600万人の痴呆患者がいます。痴呆が起こりやすい年齢は65歳以上で、この年代の約6〜8%の人が痴呆を患っています。全人口の中で最も急速に増えている年代でもある85歳以上になると、痴呆の割合は30%を超えます。しかし、痴呆は決して正常な加齢現象ではありません。100歳を超えても痴呆にならない人は半数以上います。
年をとれば脳に変化が起こり、短期記憶がいくぶん衰えたり、学習能力が遅くなります。これらは正常な老化の過程で、痴呆と違い脳機能が障害されているわけではありません。高齢者の記憶力の低下は、良性の初老期もの忘れとか、加齢による記憶障害と呼ばれますが、必ずしも痴呆やアルツハイマー病の初期の徴候ではありません。痴呆はもっと深刻な精神機能の衰えで、時間とともに悪化していきます。健康な人でも年をとるとものの置き場所を間違えたり細かいことを忘れたりしますが、痴呆の患者は起こった出来事をすべて忘れてしまいます。車の運転や料理、金銭の管理など、日常の生活行動が正常にできなくなります。
高齢者の中には、実際にはうつ病なのに、痴呆のようにみえる場合があります。これは仮性痴呆またはうつ状態の痴呆と呼ばれる障害で、食事や睡眠をほとんど摂取せず、自分の記憶が失われていることをひどく気にして愚痴を言います。これとは対照的に、本当の痴呆の場合は、自分の状態に対する認識がなく、しばしば忘れたことを否定します。仮性痴呆の場合は、うつ病を治療すれば精神機能も回復します。うつ状態は痴呆の人にも起きるため、その場合にはうつ病の治療で精神機能が改善しますが、完全には回復しません。
原因
痴呆の原因として最も多いのが、アルツハイマー病です。このほかにレビィ小体痴呆や、脳卒中によって脳組織が壊されたために起こる脳血管性痴呆(多発脳梗塞性痴呆)が多くみられます。これらの痴呆を同時に複数もっている、混合型痴呆と呼ばれる状態も少なくありません。
より少ない原因としてはパーキンソン病、エイズなどの感染症、正常圧水頭症、薬やアルコールの乱用があります。痴呆のまれな原因にはピック病、クロイツフェルト‐ヤコブ病、汚染された肉を食べたことによって起こるBSE(異型クロイツフェルト‐ヤコブ病、いわゆる狂牛病)があります。痴呆はまた、頭部外傷による脳の損傷や、心停止によっても起こります。ときには、小児の白血病や成人の脳腫瘍で頭部に放射線療法を受けた後、数カ月から数年もたってから痴呆が起こることがあります。これは晩発性放射線障害と呼ばれる状態の一部です。
痴呆を修飾して悪化させる病気があります。たとえば糖尿病、肺気腫、心不全などで、適切な治療を受けないと痴呆を悪化させます。ほとんどの患者で、これらの病気の治療が実質的に役立ちます。痴呆の症状が完全に回復する患者も約10%います。
多くの薬が、痴呆の症状を一時的に悪化させます。それらの薬の中には処方せんがなくても購入できる市販の睡眠補助薬(鎮静薬)、かぜ薬、抗不安薬、一部の抗うつ薬も含まれます。飲酒は、たとえ適量であっても痴呆を悪化させるおそれがあるため、専門家のほとんどが痴呆の人には禁酒することを勧めています。
症状
痴呆の人の精神機能は、普通2〜10年かけて徐々に悪化するのが典型的です。しかし痴呆が進む速さは原因によって異なります。脳血管性痴呆の場合は段階的に症状が悪化していく傾向があります。つまり新たな梗塞が起こるたびに急に悪くなって、その間にはいくらか改善する期間があります。アルツハイマー病やレビィ小体痴呆の場合には、より着実に悪化する傾向があります。
進行の速さには個人差もあります。前年の悪化の速さから翌年の悪化傾向を予測できることも少なくありません。また痴呆の人が介護型老人ホームなどの施設に移ると症状が悪化することがあります。これは施設の規則や毎日の生活リズムを覚えなければならないことが、痴呆の人に大変困難だからです。また痛み、息切れ、尿閉、便秘などがあるとせん妄を引き起こして、急激に錯乱状態がひどくなります。ただし、これらが治れば、それが起こる以前の機能レベルにまで戻ります。
痴呆はいつの間にか始まって時間をかけて悪化していくため、発症した日を特定することはできません。特に最近の出来事に関する記憶は、最初に衰えに気づく精神機能の1つです。痴呆が悪化すると時間の経過を追う能力と、人や場所やものを見分ける能力が低下します。痴呆がある人は、適切な言葉を見つけて使うことができず、計算などのための抽象的な思考力も衰えます。感情の変化は予想がつかず、喜びから悲しみへ切り替わったりします。人格の変化も、よくみられる現象です。しばしば、特定の性格傾向がより極端になっていきます。たとえば、お金の心配ばかりしていた人はますます金銭に執着するようになり、心配性の人は常に不安を抱えているようになります。さらに睡眠のパターンも異常になってきます。
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